2011年08月28日

武道における上達の構造から「技術習得」論考001 

千本稽古



空手や古武道では、よく行われている稽古です。



何故、千回も素振りしたり、突き蹴りを繰り返さなければいけないのか?



部外者は、そのように思われるかもしれません。



「Practice makes perfect.」

((ことわざ)) 実地練習で完全習熟;習うより慣れろ.



という英語の諺にもあるように、身体が無理、無駄、ムラを抑えて効率よく動くようになるまで、訓練しなければ



いざという時に全然役に立ちません。



大脳新皮質で判断して、「あ、危ないから「@@技」を使って防御しなくちゃ。」なんて格闘漫画のように反応していたら、確実にあいての攻撃は当たっております。



刹那に防御や間合いを、はずさないとやられてしまうのが武道の現実です。



思考して判断してからでは、時間がかかりすぎるので、「勝手に身体が動くように訓練し、いざという時は身体に動いて頂く。」運動回路をパターン化して構築していくのが、相対訓練の目的になります。



武道では、「無我の境地」と言われますが、そのように基礎訓練から道筋を立てて無意識レベルまで浸透するように稽古を積み上げていかないと「畳水練」と同じようにものの役には立ちません。



「消防士」や「外科医師」が、日々技術的訓練を怠らないのは、緊急時にパニックせずに身体が勝手に反応するまで、染み込ませているのです。



技術の習得の構造は、習い、錬磨し、工夫する。


この三位一体を、らせん状に発展すべく継続し、続けることだと考えます。



堀田本宣
posted by 護身術・武術セミナー【研身会】 at 08:59| Comment(0) | 武術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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